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平成30年9月6日 (木) 有本香 × 安倍晋三

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地球儀を俯瞰する外交



安倍総理の外交

2012年12月26日に誕生した第二次安倍政権になってから安倍総理は76カ国に訪れています。

複数訪れている国もあるため、述べだと130カ国に訪れたことになります。

一番多く訪れた国はもちろん唯一の同盟国アメリカです。

安倍 (あべ) 晋三 (しんぞう) 総理とドナルド・ (Donald) ジョン・ (John) トランプ (Trump) 大統領の仲は非常に良好な関係を保っていると言われていますが、具体的にはどのように関係性を保っているのでしょうか?

有本香さん
有本香さん
国家秘密について質問させていただきます。

ゴルフのハンディはあるのでしょうか?

 

この質問には「特にハンディはつけていない」とおっしゃいました。

相対的にトランプ大統領の方がゴルフは上手いが、安倍総理が勝つホールもあるそうです。

居島一平さん
居島一平さん
各国の首脳で誰が話しやすいとか、話にくいとかはありますか?

 

この質問には「それは言えません」とハッキリと断られました。

しかし、どの国であろうとも長い間付き合うことは大事だそうです。

外交で大事なことは長期政権であること

その点においてはドイツのメルケル内閣は2005年から続いているため一番長い付き合いになります。

2006年9月26日 ~ 2007年9月26日 第一次安倍内閣

 

第二次安倍内閣は2012年12月26日に誕生したので、途中5年間安倍総理は抜けています。

しかし、2006年から考えると12年間 アンゲラ・ (Angela) メルケル (Merkel) 首相とは付き合っていることになります。

安倍総理だからできた日米関係

トランプ大統領との電話会談は6月までの段階で23回も行っています。

普通の電話会談なら要件だけを話すので15分長くても30 分ですが、トランプ大統領とは1時間話すこともあるそうです。

アメリカの大統領とここまで深い関係を築けたのは、日本の国益にとって何よりのプラスになります。

 

有本香さん
有本香さん
第二次安倍政権になってから、日米関係は様変わりしました。

どうしても国民はあの『Trust meの悪夢』がありましたから・・・。

 

安倍総理は何より平和安全法制を整えることができたことを安心されていました。

平和安全法制整備法

「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(平成27年9月30日 法律第76号)」

 施行:平成28年3月29日午前0時

 

安倍総理になって日米では今まで行われてこなかったことが次々に実現しています。

  • 日本の内閣総理大臣が上下両院で演説
  • 日本の内閣総理大臣がパールハーバーを訪問
  • アメリカの大統領が広島を訪問

プーチン大統領との関係性

ウラジーミル・ (Vladimir) プーチン (Putin) 大統領とも過去21回の首脳会談を重ねていいます。

9月に行われる東宝経済フォーラムを含めると22回です。

プーチン大統領が日本の政治家の中で一対一で会うのは安倍総理と (もり) 喜朗 (よしろう) 氏だけと言われるほど、信頼関係が築けています。

そんな、ロシアのプーチン大統領と解決しない問題は北方領土です。

もはや、安倍総理でないとこの先解決することはないだろうと言われるくらいになっています。

プーチン大統領もこのままで良いとは思っておらず、日露の間に平和条約がないのは異状であることは共通の認識らしいです。

しかし、いきなり日本に帰属すればいいだけの問題では済まなくなっています。

すでに70年経っているため、そこが故郷になってしまったロシア人がすでにいるからです。

まずは、山口県の長門市で話したようにODAではなくビジネスベースで進めていく必要を訴えていました。

 

北朝鮮の問題

北朝鮮の拉致問題は、父親である安倍 (あべ) 晋太郎 (しんたろう) 衆議院議員の秘書をしているからの課題です。

当時、有本恵子さんのお父さんが事務所を訪れたことがきっかけでした。

それから、ずっとこの問題に関わってこられて、安倍総理はご自身で以下の様に考えておられます。

「みなさんがお元気なうちに、お子さんを抱きしめさせてあげることが私の使命である。」

 

安倍総理の小さい頃の夢

代々政治家の家系なので、子供の頃から政治家が職業だと思っていました。

しかし、子供の頃は映画監督になることが夢だったこともあるようです。

ちなみに、好きな映画は『卒業』を挙げられていました。

 


「アベノミクス」で取り戻したもの取り戻すべきもの



「アベノミクス」6年間の成果

第二次安倍内閣が打ち上げた政策によって、日本の経済は回復しました。

経済的指標で言えばデフレから脱却したと考えてもいいのかもしれません。

しかし、いくらアベノミクスといえども、まだまだ完璧とは言えません。

それは、東京都などの都市部ではかなり景気が回復したと感じる人も多いですが、地方に行くとまだその効果を実感できているとは言えません。

中央経済と地方経済の違い

東京都や大阪府などの中央の都市部と地方では企業の規模が違います。

都市部には大企業が多くありますが、地方になると中小企業が多くなります。

行き過ぎた円高で大企業はどんどん海外に出て進出し安い労働力を使って製品を作ることができました。

しかし、中小企業はそれについていけませんでした。

一見、日本経済の数字だけを見ると悪くのかもしれません。

しかし、中身をよく見ると地方の中小企業が連鎖倒産してしまうなどの状態でした。

その結果、日本国内で有効求人倍率が減ってしまい、日本人が働きたくても働けない状況になっていました。

安倍総理は、日本人が誰でも日本国内で働く場所があることが、まっとうな経済であると考えられています。

 

バブル期において東京はどんどん成長しても、地方までは十分に行き渡りませんでした。

しかし、アベノミクスは地方の活性化にも成功していると客観的な数字の面からも判断できます。

  • すべての都道府県で有効求人倍率1倍を超える
  • 地方税の税収が過去最高を記録
  • 多くの地方の中小企業の法人関係税収が3~4割増

そして、地方を支えているのは農林水産業がメインになります。

“攻めるべき・守るべき” 地方の農業

日本の食を守るためには農家の手取りが増えるようにしないといけません。

40歳代の農業に就業する人が増え、統計をとり始めて4年連続2万人を超えることに成功しました。

しかも、海外への農産物の輸出も5年連続過去最高と増大しています。

ヨーロッパと締結した自由貿易協定 (FTA) (Free Trade Agreement) やアメリカを除く太平洋周辺と締結した環太平洋パートナーシップ協定 (TPP) (Trans-Pacific Partnership Agreement) で更なる輸出も期待できます。

しかし、守らないといけない農林水産業もあるため、関連政策大綱を作り安心して農業を営める仕組みを作りました。

 

初めて選挙に出馬した時のエピソード

農作業をしているおじいちゃんが作業を止めて、走ってきてくれた。

手をギュッと握って「晋三さん、信じちょるけん地域を守ってくれよ」と言われました。

その手はゴツゴツしていて、日々厳しい農作業の大変さが伝わってきました。

そのような人がいたからこそ、食や美しい田園風景を守ってこられました。

私も日本の伝統や文化を守らなければいけないと感じました。

しかし、平均年齢を考えると守ってばかりではいけないということで、攻めなければいけないと思いました。

 

 飛躍的に増加した外国人観光客

日本を訪れる訪日外国人は800万人から2,800万人まで増えてきました。

日本人が国内で旅行しても約平均5万円ですが、外国人は3倍の約平均15万円使ってくれます。

 

この様に、アベノミクスによって日本の景気がよくなったのはいいのですが、結果的に人手不足となってしまいました。

人手不足解消のための外国人労働者受け入れ問題

そこで、現在の日本では外国人労働を受け入れようとしてする動きがあります。

しかし、日本の社会保障政策は外国人が日本で働くことを前提に作られていません。

そのため、どのような問題が起こるのかよく考えられていないのです。

 

安倍政権は移民政策はとりません! あくまで一定期間、働くことが前提で家族が帯同することは認めません。

 

外国人の入国や在留管理を厳格化するため、来年の4月から法務省入国管理局を「庁」に格上げして入国在留管理庁を作る予定にしています

これによって、不法滞在者らの取り締まりなどを厳しくするとともに、外国人の生活・就労環境の整備などを図ります。

社会保険制度の悪用についてですが国籍によって差別するわけにはいけませんが、適正な運用の確保が大切になってくるため早速、加入条件の確認の厳格化を進めています。

第一次安倍政権終了後 原動力となったもの

2007年9月12日 午後2時 安倍総理は突然退陣を表明する記者会見を行いました。

安倍総理 総理辞任記者会見 (第一次安倍内閣)

「テロとの戦いを継続する上では自ら辞任するべきと判断した。」

 
しかし、実際の理由は体調の悪化でした。

その後、いくら病気が原因とはいえ大変の批判を浴びることになったためこのまま、政治家を続ける資格があるのかさえ悩まれていました。

ただ、元総理として政治家としてやっていくのでは意味がないが、次の選挙で圧倒的な支持をいただけるのであれば更なる挑戦をしたいと考えておられました。

2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙の時、政治家としては国民から選ばれましたが、当時はまだ民主党政権下だったので、どうすることもできませんでした。

その間、不況のどん底が続き、デフレから脱却できないまま20年近く経っていました。

第一次安倍内閣の時は成長戦略は進めていたが、金融緩和などのマクロ経済政策はやっていなかった。

そして、そもそも今までやってきたマクロ経済に問題があるのではないかと思い始めました。

しかし、いくらマクロ経済を勉強してもそれを実行するためには、もう一度総理大臣にならないとどうすることもできないと考えるようになりました。

居島一平さん
居島一平さん
5年間で総理を支えた原動力となったのは何が一番大きかったんですか?

 

もう一度、総理大臣を目指す原動力になったのは、当時の政権が自由民主党ではなく、民主党であったことが非常に大きかったそうです。

有本香さん
有本香さん
なるほど、これじゃ駄目だと思ったんですね。

 

ある意味、安倍総理が突然の辞意を表明したことで自由民主党の信頼を落としました。

つまり、安倍総理自身が野党に下野してしまうキッカケを作ってしまったと言っても過言ではありません。

そのキッカケを作ってしまったからこそ、責任もってもう一度やるべきなのか非常に迷いましわれていました。

しかし、周囲からキッカケを作ってしまったからこそ、もう一度政治生命をかけてやるべきだと言われることもあったそうです。

あれだけマスコミに叩かれた私を応援することは、地元や政治などにおける人気の面においてもメリットがないにも関わらず応援してくれたことで、強い絆が生まれたと感じておられます。

 


安倍総理に聞きたい!「憲法改正」


自由民主党の誕生秘話

日本民主党三木 (みき) 武吉 (ぶきち) 氏と自由党大野 (おおの) 伴睦 (ばんぼく) 氏は、当時仲が悪いことで有名でした。

しかし、日本の保守政党がいがみ合ったままでは日本はダメだと思うことでは、お互い共通した認識を持っていました。

その結果、日本民主党と自由党が合同し現在の自由民主党が誕生します。

1955年 (昭和30年) 11月15日

自由党と日本民主党の2つの保守政党が合同して自由民主党が結成された保守合同が実現。

これと先に行われた社会党再統一により55年体制が成立した。

 

もちろん、この結党には大きな2つの目標がありました。

  1. 自分たちの手で憲法を作る
  2. 安定した政治基盤で日本経済を立て直す

2つ目の目標は達成できましたが、1つ目の目標は達成できておりません。

そして、憲法の改正には第9条を避けて通ることはできません。

自衛隊員の服務の宣誓

私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

自衛隊の人達は国民を守るために命をかけることを宣誓しなければなりません。

この自衛隊に対し、合憲であると断言できる憲法学者は2割しかいません。

この合憲性についての議論が書かれている教科書で、自衛隊の子供たちも勉強しないといけません。

「自衛隊の正当性が問われている状態に終止符を打つ。」

 
安倍総理には強い決意があります。

これは情緒的な問題ではなく、自衛隊の正当性を明確化し自衛隊の人達が誇りを持って仕事ができるということは国防の根本的なことなんだと思われています。

 

来年は皇位の継承もあります。

また初めて日本でG20サミットが開催されます。

そしてさらにその先には、東京オリンピック・パラリンピックがあります。

日本は大きな歴史の転換点をむかえます。

まさに今こそ日本の明日を切り開いていかなければならないと思います。

みなさんと共に新しい国づくりを進めていきたいと思います。

どうぞよろしくお願います。

 

安倍総理の謙虚さがわかる一場面

安倍総理は取材中に55年体制が誕生したことの目標で違うことを挙げておられました。

本当の目標は次の2つです。

  1. 自主憲法の制定
  2. 安保条約の改定

おそらく、これは間違えたのでなく、あえて言わなかったと考えられます。

なぜなら、安保条約を改定したのは安倍総理のおじいさんである、 (きし) 信介 (のぶすけ) 元総理大臣の功績なのです。

有本香さん
有本香さん
つまり、自慢になると思って、わざと話さなかったのではないでしょうか?

翌日の9月3日付新聞の首相動静を見てみると、今回のこのインタビューは16:11~17:05までの間で行われていました。

9月3日 の首相動静

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