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平成31年2月6日 (水) 井上和彦 × 藤井厳喜

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米朝首脳再会談へ大詰め 非核化と見返り措置協議


2回目の米朝首脳会談で結果は見えてくるのか?

アメリカのドナルド (Donald) ジョン (John) トランプ (Trump) 大統領と北朝鮮の金正恩 (キム・ジョンウン) 総書記の間で行われる、今回の米朝首脳会談は2回目になります。

2018年 (平成30年) 6月12日

シンガポールで初めて開催された米朝首脳会談

そのため、アメリカとしては具体的な成果を出さないといけないと言う、プレッシャーもあるはずです。

アメリカは北朝鮮に対して、非核化に向けた工程表を提示するように求めています。

非核化を実現することで、北朝鮮にとって経済発展のチャンスがあることを、チラつかせています。

もっとも、すぐにアメリカ政府が経済援助することは考えにくいです。

しかし、北朝鮮には鉱山資源があるため、民間企業で経済的な交流の可能性があるかもしれないからです。

しかし、今回で本当に何か事態が上手く進むのでしょうか?

経済制裁破りが上手く行っている北朝鮮

実は、北朝鮮は経済的にそこまで緊迫しているわけではありません。

つまり、隠れてどこかの国が経済制裁を破っていることがわかっています。

まず、代表的な国としては韓国が挙げられます。

日本が発見したせどりだけでも10回ほど行われていることがわかっています。

膠着状態が続くことが悪い訳ではない?

制裁破りによって北朝鮮が何とか持ち耐えられていますが、決して楽なわけではありません。

経済的な情勢を踏まえても、苦しいことは間違いないのです。

この何も進展することがない膠着状態は、日本にとってどうなのでしょうか?

結論としては、日本として膠着状態が必ずしも悪いわけではありません。

その理由は、現在の北朝鮮はこれ以上の核実験を行うことはできません。

それが、アメリカにとってのレッドラインであることをわかっているからです。

ICBMの発射実験も含めて、兵器開発は一定のところで止まっています。

中国の習近平国家主席がベトナムにやってくる?

裏では、この米朝首脳会談のタイミングで中国の習近平 (しゅう きんぺい) 国家主席が飛んでくるとの話もあります。

そこで、米中首脳会談も実施するのではないか? とまで話が膨らんでいます。

その理由としては、米中貿易戦争におけるアメリカから中国に与えられた90日間の猶予である3月1日が迫っているからです。

アメリカは中国に対し、国際的なルールに則って経済活動していくことを要求しています。

しかし、中国にとっては簡単に妥協することはできません。

藤井厳喜さん
藤井厳喜さん
3月1日も関税は変わらないと思います。

だからと言って、今の状態から上げることもなければ、下げることもないと言う意味です。

米朝、米中の間で大きな進展はないと思います。



首相 習近平主席に年2回 来日要請 関係改善で外交足場固め

現段階で中国の国家主席は日本に来る資格はあるのか?

藤井厳喜さん
藤井厳喜さん
日本に習近平国家主席が来ることは、時期尚早ではないでしょうか?

G20のことで来ることはしょうがないとしても、今の中国はウイグルやチベットなどの人道問題を抱えています。

それらを解決して、世界に顔向けできる国になるまで待つべきです。

他にも懸念材料があります。

それは、天皇陛下に謁見する可能性があるということです。

その代わりに、日本の天皇陛下が中国に来るような話になりかねません。

実は、これは過去の歴史から日本は反省しないといけません。

天安門事件の制裁を最初に解いたのは日本だった!?

1989年 (平成元年) 天安門事件の後、世界は中国に対して一世に包囲網を敷きました。

しかし、それを一番初めに解いたのは日本だと言われています。

その象徴的な外交が1992年 (平成4年) 10月に実現した天皇陛下の訪中でした。

それで、いい方向に向かうかとも期待されましたが、結果としては逆効果でした。


日独首脳会談 親中メルケル氏が中国を牽制

ドイツは基本的に親中であると考えて間違いない!

その証拠として、今年の1月18日にドイツのオーラフ (Olaf) ショルツ (Scholz) 財務大臣が北京を訪れています。

その時、金融セクターにおける中国との協力関係の進展を歓迎し、さらなる協力強化を目指すと表明しています。

藤井厳喜さん
藤井厳喜さん
今のドイツは日本にとって、心を許せる相手ではないと思います。

『情報保護協定』は意味がない!?

今回、ドイツと『情報保護協定』を結びましたが、ほとんど意味がないと考えられます。

それは、日本には『スパイ防止法』が制定されていないからです。



昭和の英雄が語る ~大東亜戦争・偉大なる記憶~


常盤 (ときわ) 盛晴 (もりはる) さんは、第104師団 第108連隊 四邑作戦で師団長の護衛小隊長を務めていらっしゃいました。

現在は中国の広東省の地域で戦われておられました。

南からアメリカが援蒋 (えんしょう) ルートを使って、中華民国を軍事援助していました。

実質的に、アメリカが対日開戦を始めたともとれる行動でした。

当然、日本はこのアメリカ軍の動きを断とうとしていました。

伝説の白兵戦 四邑作戦

初めて、常盤さんが敵の襲撃をくらったのは3日目のことでした。

他の兵隊の人たちは歴戦の勇士であったため「危ないから引っ込んでろ」と言われたそうです。

次々に、敵は手榴弾を投げてきましたが、手榴弾そのものは届きません。

手榴弾は50mも遠くに投げることができると言う人もいますが、まずそれはありえないからです。

走ってきて投げても、せいぜい20mの飛距離しかありません。

塹壕の中からとなると、10~5mの先ぐらいしか届きません。

日本の兵隊は手榴弾が届かないことがわかっているため、相手に投げさせます。

しかし、爆発したものによって、常盤さんは頭を負傷されました。

戦士した数でどれだけの負傷者かがわかる

常盤さんは17~18回に渡って、白兵戦 (はくへいせん) を演じられています。

白兵戦とは刀剣などの近接した戦闘のことを指します。

接近戦で突撃した末、相手をとったら戦死した人数でこちらの損害がわかっていました

大体、戦死1名だとすると、重傷が2名、軽傷が3名だと通例だそうです。

問題は戦死者ではなく重傷者

戦死者は戦が終わるまでそのまま放置すするしかありません。

問題は重傷者です。

重傷者は助けないといけません。

しかし、重傷者は自分の力では動けない場合が多いので、2人で担がないといけません。

つまり、1人の重傷者が出ることで、2~3人の戦力が失われることになるからです。

伝説の白兵戦 軍刀で斬り合い

突撃する時、抜刀して走る姿は勇ましく見えます。

そのため、常盤さんは抜刀しようとした瞬間「小隊長 刀抜くな」と言われました。

もし、刀を抜くと光るため狙撃されるからです。

そのため、常盤さんは狙撃されることはありませんでした。

しかし、いくら突撃したかと言っても、刀で相手を斬るためには目の前にまで近づかないと相手を斬ることはできません。

ぶつかるぐらい近づき、相手との距離は1尺程度だとおっしゃっていました。

初めて斬った相手は、友軍の将校

常盤さんが戦場で初めて斬った相手は、なんと友軍の将校だったそうです。

友軍の森田少尉が戦死したため、土葬する必要がありました。

その前に遺品をとらないといけないため、手を斬ってくれと仲間から頼まれました。

常盤さんは斬ろうとしますが、顔が見えているため斬れませんでした。

3回程度、手を切断しようと試みましたが気の毒に感じ、どうしてもできませんでした。

そこで、井上軍曹が代わりに斬ってくれました。

そして、昭和50年頃に大阪で毎年開かれている慰霊祭で森田少尉の奥さんと会う機会がありました。

その時、手を斬っていただいてありがとうございましたとお礼を言われました。

しかし、逆に正直に伝えお詫びしたそうです。

勝敗を分けるのは精神力の強さ

常盤さん率いる104師団 1個師団で相手が6個師団でくる敵軍を抑えていました。

そこで、常盤さんは次の様に語っておられます。

兵力の差と強い弱いはまた違います。

日本が強かったのは精神面が強かったためです。

日本は機械化が劣ってて、精神力と言っていたことは間違いだったと言う人がいます。

相手の方が数も多いのです。

そこで、勝敗を分けるのは精神面の強さと訓練です。

今となっては『忠誠心』という言葉は死語になってしまいました。

しかし、私は当たり前だと思っています。

国のために働くことは、当たり前だと思っています。

そのため『忠誠心』なんて言葉は言いません。

国家のために働くことが、『忠義』だと。

伝説の白兵戦 人間 VS 戦闘機

常盤さんが8中隊長だった頃、P-51が20機の団体となって爆撃や銃撃を受けたことがありました。

常盤さんは吹っ飛ばされて、岩にぶつかり気を失ってしまいした。

それを、横でみていた仲間が叫びます。

「中隊長戦死~!」

しかし、常盤さんは声を出そうにも声が出ません。

部下だった、止場少尉が飛んできますが、生きていることにほっとして次の言葉を発しました。

止場少尉

「P-51の進路はいつも決まっているから、中隊長の仇を討ってやる。あれを、落としましょう。」

常盤さん

「どうやって?」

止場少尉

「1秒間に160~170mのスピードで走っています。」

常盤さん

「どうして、それがわかるんだ?」

止場少尉

「時速560kmを360秒で割ればわかるじゃないですか?」

常盤さん

「現地でそういうことができるとはたいした男だな。」

そして、止場少尉の考えの下で5~6秒手前3秒間に渡って、集中的に飛行進路の前方を一斉射撃しました。

そうすることで、P-51は弾幕の中を通ることになります。

すると、見事にP-51を1機墜落させることに成功しました。

また、1機飛んできたので同じように射撃しました。

その2機目が墜落する瞬間を見届けることはありませんでした。

しかし、そのP-51から下にいる常盤さんたちにも届くくらいガソリンの煙を出して、飛んでいきました。

あの調子だとおそらく墜落しているはずだ、とおっしゃっていました。

闇夜の白兵戦 武士の情け

夜中の1~2時頃、ロウソクに火をつけて地図を広げて話をしていました。

常盤さんの下に、仲間から火が見えると連絡が入りました。

しかし、その火とは敵の鉄砲と観方の鉄砲がぶつかって火花が散っていると言うことです。

そのため、どの程度の人数が向かっているのか調べるために、地面に耳をあてました。

すると、100名くらいの軍勢であることがわかりました。

そして、敵が近づくと水平射撃を試みました。

そのため、40名くらいの死者が出たそうです。

対岸で見た敵に、武士の情けを与える武士道の精神

翌朝、真ん中に流れる川に向かいました。

川の幅は3~4mほどあり、向かい岸に1人倒れているのが見えました。

そして、4~5人の敵の兵隊たちが何とか引っ張り上げようとしていました。

当時、常盤さんは田所小隊長を指揮班長としていました。

その、田所小隊長は次の様に指示しました。

「中隊長 武士の情けだ 射撃一時停止」

常盤さんが、理由を尋ねるとこう答えました。

「どうも、敵の将校を引き上げているようだ。かわいそうだから、撃つのをやめてやってくれ。」

それに、常盤さんは承諾し「撃ち方やめ」と命令します。

小隊長が中隊長に対する同じ思い

田所小隊長は、自分たちが同じ立場ならどうしたかを後で常盤さんに伝えています。

もし、中隊長である常盤さんが倒れたら同じように引き上げようとすると思う。

今、それが敵がやっているので、立派だと思います。

井上和彦さん
井上和彦さん
日本軍人はどこまでいっても、武士道の精神がありますね。

若者たちへ…昭和の英雄より

日本は主義の国ではありません。

共産主義や社会主義や民主主義ではなく、日本は精神の国なのです。

今は武士道もなくなってしまいました。

武士道は日本精神からきているのです。

『忠節・信義・礼儀・質素・武勇』

このような精神に早く立ち返りたい、立ち返ってもらいたいと思います。

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